映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』

過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい いま明らかになる孤高の天才の素顔。写真史上、最大の謎に迫まる全人未踏のドキュメンタリー 過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい いま明らかになる孤高の天才の素顔。写真史上、最大の謎に迫まる全人未踏のドキュメンタリー
Intoroduction Intoroduction

岩間玄(監督・撮影・編集)

  1968年、森山大道さんは1冊の写真集で鮮烈なデビューを飾りました。
  この年は、プラハの春、ベトナム戦争、キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』公開、キング牧師暗殺、パリ5月革命、ケネディ大統領暗殺、アポロ7号打ち上げ、ザ・ビートルズ『ホワイトアルバム』リリース、学生運動の激化など、さまざまな事件が起きました。騒乱と混沌に彩られた激動の1年だったのです。
  森山さんもまた、先鋭的なスナップショットで写真界に大きな衝撃を与えました。画面が荒れ、被写体がぶれ、ピントがボケた衝撃的な作品群は、それまでの常識を根底から覆すものでした。
  「こんなものは写真じゃない」と写真家たちが激怒する一方、「いや、これこそぼくたちが求めていた本当の写真だ!」と若者たちからは圧倒的に支持されました。彼は写真界のスーパースターとなり、多くの信奉者や模倣者を生みました。つまり時代の寵児になったわけです。
  しかし森山さんと写真を巡る物語は、そう単純で生易しいものではありません。賛否両論、絶賛から批判へ転じる時代の気まぐれ、信じられる友人との宿命的な出会いと別れ、不安、迷走、孤独、混乱。森山さんは表現者として何度も危機を迎えました。
  けれども森山さんは、どんな時でも決して写真を手放そうとはしなかった。絶望的に追い詰められても、写真そのものをあきらめることはなかった。1枚も撮れない日でも、写真のことを考えて、考えて、考えて、考えて、考えつくして、満身創痍になってもなお、何度でも写真の世界に戻ってくるのです。
Profile 森山大道 Profile 森山大道
(もりやま・だいどう)

1938年大阪生まれ。岩宮武二、細江英公のアシスタントを経て、1964年独立。写真雑誌などで作品を発表。1967年「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞受賞。1968年から1970年にかけて写真同人誌「プロヴォーク」に参加。ハイコントラストや粗粒子画面の作風は〝アレ・ブレ・ボケ〟と評され、写真界に衝撃を与える。

主な写真集

  1. 1968年
    『にっぽん劇場写真帖』
  2. 1972年
    『写真よさようなら』、『狩人』
  3. 1982年
    『光と影』
  4. 1987年
    『仲治への旅』
  5. 1990年
    『サン・ルゥへの手紙』
  6. 2002年
    『新宿』
  7. 2005年
    『ブエノスアイレス』
  1. 2007年
    『ハワイ』
  2. 2011年
    『ON THE ROAD』
  3. 2012年
    『カラー』、『モノクローム』
  4. 2013年
    『実験室からの眺め』
  5. 2015年
    『犬と網タイツ』
  6. 2017年
    『Pretty Woman』
  7. 2018年
    『東京ブギウギ』、『Lips! Lips! Lips!』
  8. 2020年
    『Moriyama Daido’s Tokyo: ongoing』
  • 主な展覧会

    1. 1999年
      『daido MORIYAMA: stray dog』(サンフランシスコ近代美術館)
    2. 2003年
      『光の狩人 森山大道1965-2003』(島根県立島根美術館、他)、『DAIDO MORIYAMA』(カルティエ財団現在美術館、フランス)
    3. 2008年
      『森山大道展 I. レトロスペクティヴ1965-2005、II. ハワイ』(東京都写真美術館)
    4. 2011年
      『オン・ザ・ロード 森山大道写真展』(国立国際美術館)
    5. 2012年
      『William Klein + Daido Moriyama』(テート・モダン、イギリス)
    6. 2014年
      『森山大道 終わらない旅 北/南』(沖縄県立博物館・美術館)
    7. 2016年
      『DAIDO TOKYO』(カルティエ財団現在美術館、フランス)
    8. 2018年
      森山大道写真展『FRAGMENTS 断片』(三影堂撮影芸術中心、中国)
    9. 2020年
      『森山大道の東京 ongoing』(東京都写真美術館)
  • 受賞歴

    1. 1967年
      第11回日本写真批評家協会新人賞受賞
    2. 1983年
      『光の狩人 森山大道1965-2003』(島根県立島根美術館、他)、『DAIDO MORIYAMA』(カルティエ財団現在美術館、フランス)
    3. 2003年
      日本写真家協会年度賞受賞
    4. 2004年
      ドイツ写真家協会賞受賞、日本写真家協会作家賞受賞
    5. 2012年
      ニューヨーク国際写真センター(ICP)生涯功労賞
    6. 2018年
      フランス芸術文化勲章 シュバリエ受勲
    7. 2019年
      ハッセルブラッド財団国際写真賞受賞
  • Comments
    • 森山さんは、どこにいても
      どんなときでも森山さんだった。

      森山さんがシャッターを切るたびに、
      ぼくは背中をおされる。

      もっともっともっと撮らねば。
      そう思わせてくれる本作に感謝したい。

      石川直樹 (写真家)

    • 「森山大道」はとてつもなく特殊である、
      ジワジワと、いつもそう思う。

      すべてを受け入れ同時に
      それらすべてをはね返してしまう、

      そんな、徹底的に磨き込まれた反射鏡
      といった存在のようにも思えてくる。

      大竹伸朗 (画家) ※1

    • 森山大道の写真には嘘も真実もない。
      物語も記録もない。

      そのすべてを孕む源流のような
      記憶が焼き付いているだけに思える。

      それはそのまま写真家の足跡でもある。
      この映画もまた、森山大道をさすらう

      岩間玄監督の足跡から生まれたのだろ
      う。なんて愛情過剰に刺激的で面白い!

      大森寿美男 (脚本家・映画監督)

    • 森山は目の揺らぎ、
      閃きを活かす達人だ。

      「たどりつく」ことや「目的地」には
      おかまいなしに、

      「旅のなりゆき」に通じる直観の
      小径をなぞってゆこうとする。

      カール・ハイド (Underworld/Tomato) ※2

    • 森山大道は日本を代表す
      る写真家のひとりであり、

      これまで膨大な数の写真集を
      送りだしてきた。

      その活動は多岐にわたる。
      彼は路上でくりひろげられる信じがたい光景を記録するとともに、

      光と影による抽象化という実験を
      とおして、都市の営みを詩情豊かに
      とらえてきたのである。

      サイモン・ベイカー (ヨーロッパ写真美術館館長) ※3

    • 深い深い黒く美しい写真には、
      何よりも夢と心がある。

      僕は、見えていないものばかりだ。

      菅田将暉 (俳優)

    • 写真集ができあがっていく
      ベルトコンベアから、動物の鳴き声の
      ような機械音が聞こえる。

      写真から鳴き声がする。
      ああ、そうか、動物なんだ、と思ったら、
      あれこれ腑に落ちた。

      武田砂鉄 (ライター)

    • 私にとって大道さんの写真や言葉は
      バイブル!

      蜷川実花 (写真家) ※4

    • 初めてカメラを手にした時、
      何を撮っただろう。

      あの時、街のすべてが、新鮮に見えた。

      いつの間にか閉じていた心の目が

      映画を通して、森山さんを通して、
      ぐわっと開かれた時、ホロリときた。

      華恵 (エッセイスト/ラジオパーソナリティ)

    • 森山大道ってスゴイデ!

      なんでスゴイのかわけわからないけど
      とにかくもうメチャクチャにスゴイデ! 
      最高や!

      なんちゅうのか、こう、口には
      いわれへんほどスゴイわ! 
      わかるやろ、このワイの気持ィ!

      森山大道のこと悪うゆうたら、
      もう承知せえへんゾ!

      ドタマかち割って、手足ねじ曲げて、
      知恵の輪みたいにグニャグニャにして、

      頭からペンキぶっかけて、殺ッそ!

      横尾忠則 (美術家) ※5

    ※50音順
    • ※1 東京都写真美術館 企画監修『森山大道論』、淡交社、2008年
    • ※2 東京都写真美術館 企画監修『森山大道論』、淡交社、2008年
    • ※3 Edited by Simon Baker ”DAIDO MORIYAMA”, TATE PUBLISHING, 2012
    • ※4 「コヨーテ」No.71、スイッチ・パブリッシング、2020年
    • ※5 『映像の時代10 狩人=森山大道』、中央公論社、1972年
    Story
    Story

     2018年秋、世界最大の写真の祭典「パリ・フォト」で伝説の写真集が半世紀ぶりに甦った。写真家のまわりは黒山の人だかり。ていねいな文字で〝森山大道〟とサインする姿を、世界中から集まったファンが、熱いまなざしで見つめている。熱狂の列は途絶えることなく、人々は次々に押し寄せてくる。いったい何が起こっているのか──。

     2018年春、森山のデビュー作『にっぽん劇場写真帖』復刊プロジェクトが始まった。1968年に誕生したこの写真集は、コレクターの間で高額で取引されるのみで、その全容が一般の目に触れることはほとんどない。あの傑作をもういちど出版したい。そう言い出したふたりの男がいる。ひとりは、継続的に森山の写真集を世に送り出してきた編集者・神林豊。もうひとりは、森山作品を含め、多くの写真集を手がける造本家・町口覚。敬愛する森山の処女作を決定版として世に送り出すべく、ふたりの奮闘がはじまる。

     同じころ、東京で小さなカメラを構えるひとりの男がいる。彼は路地を抜け、脇道に分け入り、街の息遣いを次々に複写していく。その様子は都会を彷徨う野良犬を思わせる。
     森山大道、80歳。オリンピックを前に激変していく東京の姿を、コンパクトカメラ1台で大胆に切り取っていく。ハンターのように。
     これまでほとんど知られることのなかった森山のスナップワークを、映画はていねいに拾い上げていく。新宿、池袋、秋葉原、中野、渋谷、神保町、青山……。激変する東京で森山は何を見つめるのか。街と写真家はどう火花を散らし、いかに共鳴し合うのか。魔法のような傑作はどんなふうに生まれるのか。決定的瞬間とは何なのか。謎めいた写真家の素顔を、映画はすこしずつ解き明かしていく。

     編集者と造本家は『にっぽん劇場写真帖』決定版制作に賭けていた。この膨大な写真群は、いつ、どこで、どのように撮られたのか──歴史的資料として後生に残そうと、事実関係に執着するふたり。一点一点、来歴を粘り強く確認し、執拗に問い質し、本人の記憶を解きほぐそうと試みる姿は、取り調べに挑む刑事さながら。その作業は、森山の人生におけるかけがえのない思い出、いまはもう会えなくなってしまった仲間の記憶、痛みや絶望、迷いと不安をあぶりだすとともに、それらを来たるべき希望へとつなげていく。

     写真とは何か。生きるとは何か。これはひとりの写真家の彷徨の記録である。

    Staff
    監督
    岩間玄(いわま・げん)
    1966年北海道生まれ。
    テレビ局に入社後、ゴールデンタイムで多くのドキュメンタリー番組を企画・制作・演出。数々の話題作・ヒット作を手掛ける一方、美術番組やアート紀行番組なども監督。ギャラクシー賞・ATP特別賞・AMDデジタルコンテンツオブジイヤー優秀賞・VFX-JAPANアワード優秀賞など受賞。
    1996年に美術番組「路上の犬は何を見たか? 写真家 森山大道1996」を制作。撮影行程から暗室作業まで、制作プロセスを克明に記録した。森山大道を捉えた記録としてはもっとも古く、非常に貴重なものである。およそ4半世紀後、森山との親交を昇華させた本作は、初の劇場用ドキュメンタリー映画となる。
    音楽
    三宅一徳(みやけ・かずのり)
    ライフワークでもある「オーケストラとロックサウンドの融合」を実現する場として、戦隊物やアニメ、ゲームのサウンドトラック、CM音楽等多方面に活動の場を広げている。また一方でシリアスドラマやドキュメンタリーのサウンドトラックや邦楽器とのコラボ作品にも定評がありその音楽性は多岐にわたるが、いずれにおいても難解になりすぎることなく判りやすいイディオムでの表現を基点としている。近年では音楽監督として、刀剣乱舞「宴奏会」、「美少女戦士セーラームーンClassic Concert 2018」、「Fate/Grand Order Orchestra」、「アイドリッシュセブンオーケストラ」等に関わり、いずれも好評を得ている。劇伴音楽を制作した主なドラマは「Woman」「はなちゃんのみそ汁」、「Dr.倫太郎」、「anone」。映画は『謝罪の王様』、『あやしい彼女』など。本作は、三宅にとって初のドキュメンタリー映画作品となる。
    Interview

    過去と未来を交差
    させながら写真家の
    真実をつかみとる

    岩間玄(監督・撮影・編集)

    25年ぶりの続編として

    ──まず、森山さんとの出会いを教えてください。

     20歳の頃、森山さんの写真に衝撃を受けました。どんな状況で目にしたのかは覚えていませんが、不穏な犬の強烈なイメージが頭の中にこびりついてしまった。そのときは、森山さんの作品だとは知らなかったし、それが代表作の〝三沢の犬〟ということもわからなかった。その後、なんどもなんども、この犬のイメージと出会い、あるときようやく『ああ、これって森山大道って写真家が撮った写真なのか!』と気がつきました。

    ──岩間監督は、1996年にテレビ用ドキュメンタリー「路上の犬は何を見たか? 写真家 森山大道1996」を制作していますね。

     誰しもそうだと思いますが、20代の頃は仕事もうまく回っていかないし、悶々としていました。しまいには、勤務先を辞めようとまで思いつめてしまうのですが、まあ、いま思うと、どこにでもあるような話です。けれども、当時はけっこう真剣で、〝三沢の犬〟に自己投影すらしていた。『この犬は俺だ!』ってね(笑)。それで『どうせなら好きなことをやってから辞めるぞ! 森山さんのドキュメンタリーを撮ろう!』とひとりで盛り上がり、迷惑をかえりみず、森山さんに頼み込んだ。面識もなければ、実績もない20代の若造が図々しく押しかけたわけです。当然、最初のうちは断られましたが、紆余曲折の末、最終的に森山さんは了承してくれました。懐の深い人です。今回の映画は、その続編のようなもの。25年後、つまり森山大道の現在を、もういちど追いかけようと思ったのです。

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    ──今回の映画は3系統の映像で構成されています。まずは、撮影当時80歳だった森山さん本人の姿、それから、森山さんがこれまで発表してきた傑作写真の数々、そして『にっぽん劇場写真帖』決定版プロジェクトの様子。これらのカットがシャッフルされるかたちで、ストーリーが進んでいきます。

     実際に撮影を始めたのは2018年。当時80歳の森山さんと、1968年に刊行された『にっぽん劇場写真帖』を対比させています。1968年と2018年の間には、50年という時間の流れがある。じゃあ、半世紀前の写真だから古びているかというと、そんなことはまったくない。むしろ、なんど見ても新鮮だし、つねに新たな発見がある。映画の狙いとしては、過去と未来が一直線に繋がっているというより、過去と未来が響きあい、そのなかから現在が立ち現れるような構成を目指しました。

    ──映画の中盤、ちょうど折り返し地点にあたるところで、先述したテレビ用ドキュメンタリーの映像が挿入されます。不意を突かれると同時に、50代のころの森山さんの姿に惹きつけられました。

     当時は無我夢中で撮っただけですけど、いまとなっては非常に貴重な記録ですね。あのころ、森山さんはフィルムで撮影していますから。逆に、暗室作業のシーンを見て、いまの20代がどう思うのか、そっちも気になります(笑)

    ──撮影機材は変わりましたが、街の中で写真を撮る森山さんは、あまり変わりません。本作最大の見どころが、東京を彷徨する森山さんの姿です。

     ホームグラウンドの新宿はもちろん、池袋、渋谷、秋葉原、神保町、青山、中目黒、三軒茶屋、四谷、蒲田、羽田……東京中をうろついています。オリンピックの準備で、ちょうど東京という街が、良くも悪くも、激変していく時期。街はどんどん変わっているのに、森山さんの撮影スタイルは全然変わっていない。

    ──2020年は新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界的に広がり、日常生活のありようも変化しました。大きな流れとしては、ソーシャル・ディスタンシングが推奨され、人々は密集・密接を避けるようになった。逆に、本作で映し出される光景からは〝コロナ以前〟ということを強く意識させられました。

     森山さん自身は、感覚に導かれるまま、シャッターを切っているわけですが、その行為は、結果的に時代の状況を記録することにもつながっている。おなじように、ぼくもただ、ひたすら森山さんを追いかけていただけです。でも、あらためて見返すと〝2018年の風景〟が、まるで違う意味を帯びている。

    ──それがあたりまえだったとはいえ、密集・密接するシーンもけっこう多いですよね。たった2年前のことなのに、いまでは考えられない。

     あとになって見返すと、それが違うものに見えてくる。それこそが写真や映像のもつ力だということは、森山さんの写真や本をとおして、わかっているつもりでしたが……。我ながら、自分で撮った映像に驚かされているところです。

    なぜ製紙工場や印刷所が
    登場するのか

    ──写真家の金村修さんは、森山さんの〝写真〟に、イメージと物質のせめぎあいを見出しています。この見立てにならうと〝写真集〟についても同じことがいえる。映画では、イメージの狩人である森山さんの姿と、写真集という物質を構築していく様子が、同等の比重でもって映し出されていきます。紙や印刷という下部構造がなければ、森山大道の写真集は成立しません。その相関関係がリズミカルな編集で示されています。

     当初は森山さんの姿を、ただひたすら撮影するだけでしたが、ある時点から方向性を大幅に変えました。森山さんを追っていくなかで、神林さんや町口さんに出会ったことが大きくて。とくに町口さんには本づくりのすべてをレクチャーしてもらいました。

    ──終盤で、雪原に倒れ込む原木のカットと、印刷・製本を終えて完成した『にっぽん劇場写真帖』のカットが二重写しになります。そのとき初めて、森林や製紙工場、印刷機や製本機の映像がもつ意味が明確になる。単なるイメージカットではなかったことがはっきりとわかる仕掛けになっています。

     偶然なのか必然なのか、伐採される原木って、だいたい50年くらい前に植林されたものらしい。つまり、50年前に植林された木が印刷用紙に生まれ変わることと、50年前に発表された写真集が決定版として生まれ変わることが、パラレルになっている。あくまでも結果論ではあるのですが、そのことに気づいたときは鳥肌が立つくらい興奮して、魔法にかけられたような気分になりました。

    ──めまぐるしく切り替わるカットに寄り添いながら、非常に大きな役割を果たしているのが三宅一徳さんの音楽です。一般的なドキュメンタリーだと、ナレーションでわかりやすく解説することが圧倒的に多いわけですが、この映画では、出演者の発話以外、音声が入っていない。ときおり差し挟まれるスーパーインポーズにしても最低限の文字情報のみです。

     もちろん意図的にそうしています。不要なものを削ぎ落としているので、不親切といえば不親切なつくりです。

    ──この映画は、言語的な意味に頼ることなく、純粋な視聴覚体験のみで観客を引きつけようとしています。ただ、三宅さんの色彩感豊かな音楽があるおかげで、とくに不親切だと感じることもなく、ごく自然に没入することができる。

     三宅さんにはものすごく苦労をかけました。いくつもデモ音源をつくってもらい、なんどもやり直してもらって……。ぼくも悩むし、三宅さんも困っちゃうし。最後の最後は、こちらが驚くようなアプローチで曲を仕上げてくれました。これがバッチリはまって、ホントびっくりしましたよ。

    ──カラフルで昂揚感のあるサウンドは、ちょうど『にっぽん劇場写真帖』のように、適度に俗っぽく、どこか艶がある。ストーリーを前へ前へと駆動していく力があります。クライマックスのパリ・フォトに向けて、徐々に祝祭的な空気が醸し出されていく。

     森山さんの写真って、どこかざわざわした印象を与えるじゃないですか。三宅さんの音楽は、そのざわつく心持ちを増幅してくれる。心底、感謝しています。

    変わらないことの凄さ、個としての強さ

    ──森山さんの魅力は、どこにあると感じますか。

     1968年のデビューから50年以上が経過しているわけですが、その間ずっと、森山さんはひたすら写真を撮り続けてきた。雨の日も風の日も、人から求められるときも求められないときも、褒められるときも貶されるときも、栄光のときも挫折のときも、飽きることなく、腐ることなく、へこたれることなく、毎日コツコツと……。巨匠であるにもかかわらず、巨匠然としたところがなく、ただひたすら写真を撮っている。その変わらなさがいちばん凄いと思う。

    ──映画でも「飽きないんだよね」とつぶやくシーンがありました

     森山さんは、そういうことをさらりと言う。だから、写真自体がカッコいいというのも当然あるんだけれども、生き方そのものも魅力的。いつの時代も若い世代から熱狂的に支持される理由も、そのあたりにあるんじゃないかな。国内外を問わず、俳優やアーティスト、ミュージシャンのように、表現にかかわる若者たちが敏感に反応するというのは、興味深いことです。

    ──撮影時、森山さんは80歳。肉体的には老齢でしょうが、精神的にはまったく衰えを感じさせません。

     そういう意味では、単なる写真家のドキュメンタリー映画ではないんです。森山大道という傑出した人物の姿を通して、人が生きるということを全面的に肯定する物語を組み立てたいという思いもありました。ちょっとクサい言い方をすると、人生の応援歌にもなりうるような……。そんなふうに受けとめることもできるよねと、心中ひそかに思っています。

    ──これからは新型コロナウイルス(COVID-19)との共存を意識せざるをえない世界になるでしょう。そうした意識をもちつつ、本作を観ると、森山さんの〝変わらなさ〟が際立っているようにも思えます。

     森山さんが撮り続けてきたものは、どこにでもあるような路地裏だったり、繁華街のネオンサインだったり、何の変哲もない看板だったり、そこらへんにいるような人々の姿だったりする。誰も気にしないようなものばかりです。でも、そこに何か惹かれるものを感じて、反射的にシャッターを切る。それって考えようによっては、変わらない日常こそが素晴らしいのだと、ぼくたちの人生を写真で肯定している気もするんです。

    ──その〝変わらない日常〟は、がらりと変わってしまいました。

     森山さんの人生を辿っていくとわかるように、社会的な変化や森山さん個人の状況は、時代ごとにどんどん変化しています。ただ、森山さん自身は変わらない。いつも一貫した姿勢を保っているし、ぼくはそこに個としての強さを感じます。こんな時代ですから、あえて何かをいうとしたら、森山さんの〝変わらなさ〟や〝個としての強さ〟は、この先の未来をサバイバルしていく上で、何らかのヒントになりうるんじゃないでしょうか。

    with Daido

    森山大道と併走する男たち
    編集者・神林豊と造本家・
    町口覚

     21世紀の森山大道を語る上で欠かせないふたりの人物がいる。編集者・神林豊と造本家・町口覚である。
     町口は、デザイン事務所であるマッチアンドカンパニーを主宰し、さまざまな写真家と共闘しながら、いくつもの写真集の造本設計を手がけてきた。造本設計というのは耳慣れないことばだろう。簡単にいうと、本を建築のような構築物と捉え、構造設計・資材選定・印刷加工・意匠計画・文字配置のすべてを、一気通貫に仕上げる手業のこと。一般になじみのあるブックデザイナーや装幀家といった肩書きではなく、造本家を名乗るところに矜持が感じられる。
     神林と町口が初めて協働したのは2006年。『新宿+』のデザインを任されたのが町口だった。これをきっかけに、森山/神林/町口というトリオが誕生する。ジャズに喩えていうならば、森山がピアニスト、神林がドラマー、町口がベーシストといった役回りだろうか。
     こうした動きと並行して、2005年に町口は写真集レーベル「M」と共に、写真集販売会社「bookshop M」を設立。これは自ら写真集を出版し、流通させることを目的としたもの。インディペンデントかつアグレッシブな活動は、後続のデザイナーや写真家に強い影響を与えた。2008年以降は、世界最大級の写真フェア「PARIS PHOTO」へ出展。2010年からは、町口と森山による新たなレーベル「M×M」もスタート。写真と造本が密接不可分な〝書物〟を作り続けている。

    神林豊(かんばやし・ゆたか)

    1959年生まれ。編集者。2000年月曜社を設立。代表取締役。

    人文書、芸術書など中心に刊行。

    森山大道の写真集については、『新宿』(2002年)、『ハワイ』(2007年)、『ON THE ROAD』(2011年)、『カラー』、『モノクローム』(2012年)、『パリ+』(2013年)、『ニュー新宿』(2014年)、『犬と網タイツ』(2015年)、『Osaka』(2016年)、『K』(2017年)『森山大道写真集成 全5巻』(刊行中)などを編集・刊行している。

    町口覚(まちぐち・さとし)

    1971年東京都生まれ。造本家。マッチアンドカンパニー主宰。森山大道、蜷川実花、大森克己、佐内正史、野村佐紀子、荒木経惟らの写真集の造本設計を手がけると共に、映画・演劇・展覧会のグラフィックデザイン、文芸書の装丁などでも活躍している。つねに表現者たちと徹底的に向き合い、独自の姿勢でものづくりに取り組む姿勢は高い評価を得ている。2009年・2015年に造本装幀コンクール経済産業大臣賞、2014年東京TDC賞など国内外の受賞多数。

    theater

    都道府県
    劇場名
    公開日
    関東
    富山
    近日上映
    愛知
    5/1(土)
    京都
    4/30(金)
    熊本
    近日上映